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- 主な市場
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2009.11.24 Tuesday
市場経済は、財やサービスを企業から購入する個人(家計)と、生産材料(投入物)を用いて財やサービス(生産物)を生産・販売する企業との交換によって発展します。経済学では、個人と企業が相互に依存しあう三つに分類された市場を考えます。
企業は生産物を家計に販売し、多くの企業は財を他の企業にも販売します。一番目の企業の生産物が2番目の企業の投入物になるということですね。こういった全ての取引を行う場を生産物市場(財市場)といいます。企業は生産物をつくるために、労働と機械を組み合わせなくてはなりません。企業は労働市場で労働サービスを購入し、資本市場で投入物を購入するための資金を調達します。
経済学においては、生産物市場、労働市場、資本市場に注目していく形になります。過去の経済学では、第三の投入物として土地の重要性が強調されてきましたが、工業化された現在の経済ではあまり重要とされなくなりました。
個人は、これら三つの市場すべてに参加しています。個人が財やサービスを購入する時には、個人は生産物市場において消費者と呼ばれます。また個人が労働者として働く場合には、「個人が労働市場において労働サービスを売る」という考え方を経済学ではします。個人が会社の株式を買ったり、銀行の普通預金口座に預金したり、事業に資金を融資したり(債券の購入)するときには、その個人は投資家として資本市場に参加していることになります。
- 市場と資本について
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2009.11.24 Tuesday経済学用語の中には、日常使っている言葉と同じでも違う意味で用いられる特別な用語があります。
市場(しじょう)という言葉は、人々が忙しく動き回っている市場(いちば)とは異なり、売り手と買い手の取引すべてがあたかもひとつの市場で行われているかのように考えられ、分析されます。たとえば、書籍の市場を分析する場合、実際には個別の書店やオンライン・ショッピングのホームページなど無数の場所で取引が行われますが、ひとつの「市場」で行われているかのように考えて話を進めていきます。
また、労働市場について話す時、すべての労働者は同質であるとして議論していきます。個々の労働者は多くの点で異なり、ときにはそうした違いが重要となる場合もあります。しかし、全般的な経済状況について議論する時や、全般的な失業率(仕事を探しているが見つかっていない労働者の比率)に注目するような場合は、そうした労働者間の違いを無視して考えることができます。
一般に、新聞などで資本市場と書かれる場合、それは債券のトレーダーや株式のブローカー、またそうした人々が働いている金融街にある企業のことを指します。しかし、経済学で資本市場という場合には、資金調達にかかわる制度全てを含むより広い概念を意味しており、銀行や保険会社もそれに含まれます。また、資本という用語は、生産のために機械や建物という意味で用いられる場合もあります。その意味で用いられる場合、経済学では資本財と呼ぶこともあります。
資本市場は、資金の調達、借入れ、貸し出しが行われる市場です。(ただし資本財市場は資本財が売買される市場ということになり、まったく異なる意味になります)
- ミクロ経済学とマクロ経済学
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2009.11.24 Tuesdayミクロ経済学のミクロという言葉は、小さいという意味のギリシャ語です。ミクロ経済学では、経済を構成している個々の経済主体(企業・家計・個人)の行動に焦点を当てます。それぞれの経済主体がどのように選択し、その決定に影響を与えているのが何なのか、という点に、関心を持ちます。
対してマクロ経済学は、経済全体の行動、特に全般的な失業率、インフレ率、経済成長率、貿易収支のような集計量を見ます。マクロは大きいという意味のギリシャ語です。
集計された数値からは、個々の企業や家計が何をしているかはわかりませんが、経済が全体的に、また平均的に何が起きているかを知ることができます。
ダイナミックに変化する経済では、拡大している産業もあれば縮小している産業もあります。しかし、経済全体の成長率が鈍化することがあります。つまり、ひとつの産業だけでなく、あらゆる産業もしくは全ての産業の経済活動が実際に低下する時があります。また、マクロ経済学では、一般物価水準や利子率、為替レートの動きも見ます。
経済全体の動きは経済内の無数の家計や企業の意思決定、さらには政府の意思決定に依存しています。ミクロ的な見方とマクロ的な見方は、同じ事柄を二つの異なった方法で見ているのに過ぎません。ミクロ経済学では、経済を下から上に見ており、マクロ経済学では上から下を見ているといえます。
- 経済学は社会科学
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2009.11.24 Tuesday経済学は社会科学とされます。経済学者は自分達の理論に基づいて予測を行います。理論とは、系統だった研究によって定式化されたものです。理論は、一組の仮説と、その仮説から導き出された結論であり、論理的に類推されます。仮説が正しければ、正しい結果を導きだすことができます。
経済学では、増税されたらどうなるか、ある製品の輸入制限が行われたらどうなるか、などを予測するために理論を用います。例えば、「もし増税され、かつ市場が競争的なら、産出量が減少し価格は上昇する」といった具合にです。
経済学では、理論を発展させるためにモデルを用います。自動車メーカーが新しい自動車を作る際に模型を作って空気抵抗などを計算・シミュレーションするように、経済学者も経済の特性を表すために、言葉あるいは数式を用いてモデルを作ります。
経済モデルは、「所得が上がれば自動車がより売れる」のような一般的な関係や、「所得が10%増加すれば、自動車の購入台数は平均12%増加する」のような数量的な関係を述べるために、また「ガソリン税の上昇は自動車の需要を減少させるだろう」などの予測を行うために、作られます。
- 経済学者ごとの違い
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2009.11.25 Wednesdayあらゆる公共政策において、経済学者の意見はときどき衝突します。予測だけでなく、結果をどのように評価するのか(価値観)についても意見が異なります。
たとえば、ある税の変化が貯蓄を増大させる一方で、貧困層よりも富裕層へより大きな利益をもたらす点について2人の経済学者の意見が一致しても、そのような税制改革の評価については異なる意見が持たれるかもしれません。一方の経済学者は、所得の不均衡を増大させるために反対し、もう一方の経済学者は貯蓄奨励につながることを賛成するかもしれません。その政策の実証的な分析が学者間で一致しても、最終的な結論は異なることがあります。
経済学者が経済を叙述し、また経済の変化の仕方や、さまざまな政策の効果を予測するモデルを作るとき、彼らは実証経済学を行っている、といいます。また、経済学者がさまざまな政策を評価するために、便益や費用を比較検討しようとしているときには、彼らは規範経済学を行っているといいます。
実証経済学は経済がどのように機能しているのか叙述しますが、規範経済学では、「〜であるべき」という理想を取り扱い、さまざまな行動過程の望ましさについて判断を行います。ここで規範経済学は実証経済学を利用することになります。良い規範経済学とは、問題となっている政策にどのような価値観や目的が組み入れられているかを明確に示しているものです。「もしAがあなたの目的なら、Bが実行可能でかつ最善の政策である」という形で表現されます。
経済学者間で大きく意見が異なることはありますが、実際には意見の不一致よりも意見が一致することの方が多いそうです。経済学者間で意見が異なる時、彼らは意見の不一致の原因が何かを明らかにしようと努めます。
モデルの相違によって生じる不一致はどの程度か?
量的な関係に関する推定の相違によって生じる不一致はどの程度か?
価値観の相違によって生じる不一致はどの程度か?
・・・といったことを明らかにしようとするわけです。意見の不一致の原因と理由を明確にすることは、さらに多くのことを学ぶ上で非常に有効とされます。